2011年02月04日
二階崩れの変 その後
大友宗麟と大友義鑑やはり仲が悪かったのでしょうね。
宗麟の初陣の詳しい話も詳しく記されていない。
普通、戦国の武将は何歳に初陣であり、
どういう活躍をしたという内容が書かれるはずであるのですが。
父親から見て、性格粗暴、体弱い、昔の女房の長男
くらいにしか見られていなかったのでしょう。
父親に愛されず、母親の愛も知らず(宗麟の幼いころ死去)
その、幼少期の不安定さが、大人になっての年増漁りや
人の迷惑は考えない性格になっていったのでしょう。
しかし、宗麟も信長と似たところがあり、
信長が楽市楽座を作ったように、経済的手腕には長けていた、
何故なら、博多港や府内港など九州の大きな港を所領し、
上方、朝鮮、明、東南アジア、南蛮などとの貿易で
巨万の利益を得ていたものと考えられます。
織田信長への贈り物や足利将軍への惜しみない
贈り物での、九州探題などという役職をもらっています。
戦国武将というより、経済的手腕に長けていて、
古いものには固執しない性格だったと考えられます。
神社、仏閣を焼いたり、らい治療院を大友館の近所に
置いたのもそういう表れだと思われます。
強い優秀な部下をたくさん持っていたので、
上手く使いこなせば、西日本は制覇できたかもしれません。
やはり、最後は心の弱さがキリスト教という
現実逃避の世界に自分の身を置き、
心の安らぎをを求めたのかもしれない。
やはり、最後は心の平安を自分なりに
築きたかったのだろう。
哀れなロンリーチャップリン
宗麟の初陣の詳しい話も詳しく記されていない。
普通、戦国の武将は何歳に初陣であり、
どういう活躍をしたという内容が書かれるはずであるのですが。
父親から見て、性格粗暴、体弱い、昔の女房の長男
くらいにしか見られていなかったのでしょう。
父親に愛されず、母親の愛も知らず(宗麟の幼いころ死去)
その、幼少期の不安定さが、大人になっての年増漁りや
人の迷惑は考えない性格になっていったのでしょう。
しかし、宗麟も信長と似たところがあり、
信長が楽市楽座を作ったように、経済的手腕には長けていた、
何故なら、博多港や府内港など九州の大きな港を所領し、
上方、朝鮮、明、東南アジア、南蛮などとの貿易で
巨万の利益を得ていたものと考えられます。
織田信長への贈り物や足利将軍への惜しみない
贈り物での、九州探題などという役職をもらっています。
戦国武将というより、経済的手腕に長けていて、
古いものには固執しない性格だったと考えられます。
神社、仏閣を焼いたり、らい治療院を大友館の近所に
置いたのもそういう表れだと思われます。
強い優秀な部下をたくさん持っていたので、
上手く使いこなせば、西日本は制覇できたかもしれません。
やはり、最後は心の弱さがキリスト教という
現実逃避の世界に自分の身を置き、
心の安らぎをを求めたのかもしれない。
やはり、最後は心の平安を自分なりに
築きたかったのだろう。
哀れなロンリーチャップリン
Posted by アイキュウ at 02:24│Comments(0)