大友義鎮(宗麟)と南蛮文化と 元かぐや姫 正やん
大友宗麟を 「おおともそうりん」 と読めても
大友義鎮を
「おおともよししげ」 とはなかなか読めません。
つい、
「よしちん」 と読んでしまいそうです。
自分も、よく忘れます。
大友宗麟 瑞峯院 所蔵
でも、大分の方でしたら、これからは、
「おおともそうりん」
ああ 「よししげ」のことね。
と他県の人を、圧倒しましょう。
この一言で「大友宗麟」
通 と思われるのは
間違いないですね。
大友宗麟の
最後の戦いは、
1586年島津軍との臼杵の丹生島城でした。
臼杵城跡公園
大友宗麟は有名な国崩し(全長2.8m 口径9.7cm フランキー砲)で
かろうじて島事軍撃退、
国崩し 靖国神社
島事軍は丹生島城をあきらめ、府内を火責め3日間燃え続け灰となったそうです。
大友遺跡で焼け焦げた茶碗や柱が見つかっています。
翌1587年津久見で死去。
大友宗麟墓所 津久見
津久見と言えば、元かぐや姫の
正やん の出生の地です。
今でも有名な「22歳の別れ」や「なごり雪」が入っていた LPレコードです。
「
なごり雪」は’
いるかさん’の曲ではなかったのです。
少し、声がかれてしまいましたが、それも、いい味がでています。
近頃、大分県でコンサートを開催するようになりました。
非常にうれしいことです。
陰ながら、応援している
お父さんたちは
沢山います。
大分に帰ってきてどんどん歌って下さい。
大分の人は、あなたのファンです。
ブリックブロックや府内フォーク村十三夜などで
気楽に唄ってほしいものです。
「あの歌はもう歌はないのですか」
いい唄ですねぇ
みかん と セメント の町で活気のあったときもありました。
でも、きれいな海は残っています。
正やんがコンサートをした場所
大友宗麟や戦国時代、神社仏閣、歴史が好きな歴女、大分を活性化したいと思っている人は
大友氏遺跡市民応援隊で一緒に大分の街を活性化させませんか
http://ootomosiiseki.junglekouen.com/
大分市の広報に(仮)大友氏遺跡市民応援隊の募集が載っております
http://www.city.oita.oita.jp/www/contents/1291266173324/index.html